加茂(市原市)の自然の
美しさを再発見!
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 Vol.28



皐月から紫陽花へ、
写真が撮れずにぐずぐずしている間に季節は皐月から梅雨を経て紫陽花へと移ってしまった。国の内外を問わず天変地異や奇怪な事件が相次いでいる。地球温暖化の対応もマスコミを賑わしている。食料自給率も大きな話題の一つである。自然や人の営みに真剣に向き合って一人ひとりが直ちに行動を起こさないと本当に手遅れになる。ルネッサンスの提唱する人と自然の復活共生とは、「人間は自然の恩恵の中に生かされている」ということを認識することにある。自然の浄化能力をはるかに超えた排出を何の躊躇いもなく繰り返し、自然の生産能力を超えた作物を作り出し、日本などは農地を荒れ放題にしてしまった。これからその付けを払わねばならない。大変なことである。私たちは日々自然の中に生きていて花の時期や実の時期が微妙にずれることや、川の流れの変化にもすぐに気づく。都会のエアコンの中ではそうしたことには気づかずに過ごしてしまう。今自然に何が起こっているのか、自然が何に怒っているのか、都会の人々も含めて考え直すべきであろう。日々食するものを生産する人々が「働けば働くほど赤字を負う」などということが本当に許されることなのか。高級車に乗って石油を浪費しブランド物を身につけて誇らしげに闊歩する人々にこれから何を食べて生きるのか、本当にお金を出せば食べ物が手に入るのかを問いたい。もう一度みんなで自然の中に帰ろう、自然の中で謙虚に生きよう。

ルネッサンス小屋の皐月(さつき)

 

西坂百生(はくお)遺作展・前田麻里版画展開催中ーギャラリーいたぶー
 かねてより懸案であった西坂百生の写真展を「ギャラリーいたぶ」で開催の運びとなった。
 西坂は山川の提案に賛同して松本と3人で「市原ルネッサンス」を立ち上げて以来、広報の写真担当として精力的に活動した。病と戦いながら実質的には3年間で、1万枚に及ぶ写真を撮影した。今までにルネッサンスの広報誌を4回発行し、毎月ホームページを更新しているがほとんど西坂の写真を用いた。各種のイベントで千枚に及ぶ写真を展示してきたが、それも西坂の手によるものがほとんどである。西坂の真骨頂は人に対する優しさ温かさである。また、全くのボランティアで何の報酬も褒賞も求めないことである。さらに撮った写真をできるだけ早く届けることである。陸上競技の写真を撮り続けて20年以上になるが、多くの選手から親しまれていた。
 

西坂百生(はくお)写真展会場

今回はとりあえず西坂の写真の中で飯給駅を撮ったものを集めて展示した。飯給駅はルネッサンス小屋とともに西坂の最晩年最も好きな場所であった。西坂の飯給駅には必ず人の気配がある。
駅だから当然のことではあるのだが、乗降客の少ない飯給駅ではいつも人がいるわけではないので西坂は意識して人のいるときに撮っている。ルネッサンスが飯給駅の周辺を活動の拠点としてからはほとんどの活動を写している。従って白山の森が荒れている状態から少しずつ整備される様子なども貴重な映像として残されている。多くの人々を写した写真は別の機会に展示したいと考えている。余命を察知して限りある日々を生ききった西坂の諦観にも似た静かな目を感じてもらえればと思う。前田麻里版画展との共催となるが本人は照れながら喜んでいると思う。

 

「ギャラリーいたぶ」に看板設置
 西坂遺作展に間に合うように準備していた「ギャラリーいたぶ」の看板ができあがった。会員の外山善郎さんが板を用意し奥さんの書家であるY花さんの筆により彫り込んだ立派なものである。外山夫妻はこれで「土太郎滝」「七色滝」に次いで3つ目の看板設置になる。

外山夫妻によって制作された
「ギャラリーいたぶ」の看板 


月崎駅に源氏ほたる乱舞
 6月はじめ月崎駅に源氏ほたるの異常な発生が見られた。特に6月5〜7日にかけて駅のホームか眺められるほど大量に乱舞した。なぜ今年急に発生したかみんなで訝しく思った。このところ月崎駅を安由美会や町会の人々中心に駅周辺を掃除し菜の花を咲かせイルミネーションで飾ったりした。
 それらがほたるを発生させたのかも知れない。だがその後の新聞報道で小湊鉄道の会長石川信太氏の逝去を知った。石川氏の逝去が6月5日ということでほたるの乱舞と妙に一致する。月崎のほたるはその後急速に減少した。やはり石川氏の魂が月崎に来たのかもしれない。そういえば全くの風聞ながら小湊鉄道の牛久以南の存続が論議されたとき常に石川氏は小湊鉄道の存続を主張したと伝えられている。絵画が好きで民家を描き続けその絵は温かく懐かしく郷愁を誘う。石川氏は市原南部が好きだったに相違ない。「巨星墜つ」の感が深い。小湊鉄道にも私たちや石川氏と同じように駅や鉄道を護り続けようとする意志が強く生き続けていることを信じ、石川氏のご冥福を祈ろう。


上古敷谷ほたる祭りに多くの人が
 6月7日から15日まで、上古敷谷里山の会主催によるほたる祭が開催された。本祭の6月7日には多くの人が里山を訪れ賑わった。ほたるも多く飛び交い訪れた人々を歓迎した。上古敷谷の人々は数年前から産廃の不法投棄から里山を護るために里山を掃除した、年に何回か子供たちを招待し様々な行事を実施している。谷津田の草刈を定期的に行う他、周囲の川を清掃し子供たちが遊べるようになっている。源氏ほたるも色々研究し会員が各地を見学し、年々増えてきていた。
 今年は気候のせいか例年よりも多く飛び、祭りの後半の14日ごろには驚くほど飛び訪れた人々を喜ばせた。市の広報に掲載されたり、口コミで伝わったりして祭りの期間里山には1000名を上回る人々が訪れた。里山の小道の道しるべとなった灯りは、富山小学校の児童が作った灯篭が用いられ、足元を温かく照らしてくれた。上古敷谷の里山を守る人々に敬意を表し感謝したい。拠点の小屋も年々整備され訪れる人を待っている。ルネッサンスや喜動房のよきライバルでもある。


ほたる祭 上古敷谷の小屋
ほたる祭 ルネッサンス小屋1
ほたる祭 ルネッサンス小屋2
 ほたる研究会のメンバー

市民の森の菖蒲今年も色鮮やかにー紫陽花も咲き始める
 例年よりは少し遅れたが、今年も市民の森の菖蒲が色鮮やかに咲いた。冬の寒さで雪が3月まで残ったことで、山側の痛みがひどかったがその後の管理で何とか復活した。手入れや肥料も十分であったが、市民の森の場合紅葉も楽しめる場所だけに必ずしも菖蒲に適した場所とは言い難く手入れに苦労している。今年は安由美会が管理を始めて3年目に当たるので昨年植え替えたものが今年は咲き出して成果を現した。茂原の「ひめはるの里」の指定管理が破綻したという記事を新聞で目にしたが、安由美会の指定管理も採算が取れているとも思えないが管理をする人たちは郷土のためと考えある意味で村おこしと捉えているので採算は度外視している向きもある。菖蒲園は女性陣がとにかく丁寧に手入れをしている。あまりに労力をもちいているので安由美会の指定管理が破綻しなければと祈るばかりである。

市民の森の菖蒲(あやめ)

 

市民の森の紫陽花と雨合羽の似合う少年
市民の森の紫陽花

 

加茂地区を拠点に活動希望の人々
 広報誌やホームページを見た人や、山川会長の人脈を通して加茂地区を拠点に様々な活動を進めたいとする希望者が増えている。何組かが見学に訪れ一様に感動している。格別の名所とか観光の目玉とかがあるわけではないのだが、なぜか安心して寛げるというのである。山川代表の田んぼとか平田さんの不動滝や飯給の白山の森などを廻りルネッサンス小屋で話し込むのであるが、都会の生活のなかで喪ってしまったものが全部あるというのである。市や各種団体が共同で試案をつくっているところであるが、少しずつでも加茂に住む人が増えることは確実であろう。問題は真の意味でホスピタリテーを発揮できるかどうかだ。農業が簡単にできるわけもなく、格安の住居がすぐに手に入るわけでもない。村には村の付き合いもある。だが、様々な課題があったとしても、加茂地区は人の導入がない限りこのまま衰退するであろう。定住にしても、拠点にしても一過性の観光客にしてもとにかく人が来なければ加茂の未来はあるまい。

山川代表の田んぼを見学する人々
緑濃くなった飯給駅


友好団体も頑張っている
 加茂地区活性化に向けて、他の里山グループもがんばっている。喜動房は定期的に里見駅を清掃しながら、次のイベント「枝豆祭り」に向かっている。駅喫茶の評判はよく、再開を楽しみにしているファンも多い。また、レクリエーション協会の石井副会長は自ら喜動房の支援者となり定期的に花を植えている。上古敷谷里山の会は蛍祭りを終え来年に向けて他地区の見学や、研究に余念がない。安由美会は本格的なキャンプのシーズンに向けて更なる整備を進めている。制作舎「翔」は新たな取り組みを精力的に進めている。夏から秋にかけてのいくつかの公演予定もあり出演者も決まりつつある。山川や前田麻里も当然のことながら出演する。「翔」の代表原島のライフワークともいえる、源氏物語を舞台化する外、国分尼寺を舞台に新作更級日記(野外音楽劇)も演出する。このところ出演希望者も増えて、実行委員会を立ち上げ時にセレクションも行われている。楽しみの一つである。

「更級日記野外音楽劇」上演実行委員会1
「更級日記野外音楽劇」上演実行委員会2



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