| 市民の森にイルミネーション点灯
12月3日にもみじ祭りを実施しその際イルミネーションの点灯式を行い市長をはじめ多くの人が訪れたが、その効果もあってか、イルミネーションの点灯期間12月28日までの間、夜間だけで3000名近くの人が訪れた。
焚き火にあたり星空を眺めていると、言い知れぬ安らぎを感ずる。中でも一番楽しんで満足したのは当の安由美会の人々である。いつしか交流の場となった市民の森の冬の夜は誰とはなしに持ち寄る夜食や漬物、昔がたりのご馳走が絶えず、弾き人知れぬまま夜空に響く哀愁を帯びたマンドリンの音色に酔いしれる、まさに至福の別天地であった。
里山整備進む 飯給駅前の里山整備は冬の間も進められ、芽を出した菜の花とあいまって益々春が待ち遠しくなった。冬は雑草もなく、つる草もないために作業が楽で竹も乾燥して
燃えやすく、冬の作業ははかどった。
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| 冬の竹はよく燃える |
竹を切り拓く |
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| 休憩のひと時 |
村の人々と談笑する松本事務局長 |
年末反省会で提案 反省会の中で多少酒の勢いもありいろいろ前向きの提案があった。一つには「思いつきのような作業が多いのでもっと計画的にきちんとやろう」ということ。いま一つは「そろいのユニホームをつくろう」ということ。もっともなことなので代表も事務局長も反省しながら納得した。
滝に行く橋を架ける案や飯給駅の屋根を変える案などかなり実現性の高い提案がなされた。とくに子供の参加するイベントは早めに計画を立て多くが参加しようとの提案には、西坂や*鈴木などは大感激した。
身勝手な金儲けに狂奔する人間の多い中で、*ルネッサンスの若者はすごいというのが西坂感激の理由である。山川代表の持ってきた秋田産の幻の銘酒に心の底から酔ってしまった。
*鈴木敏夫
西坂と住まいが近いことからルネッサンスを知り、最近その行動と思想に共鳴し熱心に参加。福島の出身にして東京都で永く教職に身を置く。 指導行政や校長を歴任する傍ら俳句に傾倒。多くの名句(自らは迷句というが)をつくり全国新聞投稿欄では有名人。全国紙の年間優秀賞など何度も獲得。
グループの誘いや句集の出版の薦めも多いが、一人楽しみ投稿が発表の場、周囲の評価は気にしない。 ・やうやくに蝦蟇の棲みつく庭となり ・故郷はいよいよ遠し咳一つ
などの句がある。望郷の想いと市原の人となった安堵がないまぜになって独自の孤高の世界を創出している。 ルネッサンスに共通する思想ではあるが、金銭・地位・名誉など世俗からは最も遠い位置にある。
ある種の諦観と人柄が醸す自然や人に対する沈潜した愛情は独特の存在感をもって迎えられている。ルネッサンスの哲学者。 |
| *ルネッサンスの若者
若者といっても齢50を越えている。昭和40年代半ば加茂中が文化・スポーツ・学力において独特の成果を持つ今に語り継がれる時代を築いた。 その時代を担った人たち。その後、多くが村を離れたが、残った人の中にはPTA役員を始め消防団や各種役員を務め地区の指導的立場に立った者が多い
。特に加茂地区の各小学校や加茂中学校のPTA会長など主要な役員を務めた人たちが、加茂の自然や人々の心の復活を提唱するルネッサンスの活動に共鳴して参加した。
中学時代から生徒会や部活・学習面でのリーダー的存在であったが、単なる良い子ではない反骨的な、今で言う悪がきだった生徒が多い。この人たちもまた損得を超越している。 |
餅つき2回にわたって実施 山川代表の有機栽培による天日干しのもち米で、薪を用いた手作り餅つきを2回にわたって実施した。
今回は会員の他、加茂地区で坂上りの練習をしている陸上競技のホープ五井中の財津さん母子も参加、常連となった前田画伯や、俳人の鈴木敏夫氏も参加、もちろん搗きたての餅に舌づつみ。
財津絵美さんは06年度全国中学生通信陸上競技大会女子800m全国ランキング3位。将来、京大路を走るときは餅を送ることを約束。
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| 年末反省会活発に議論 |
餅つきをする俳人鈴木敏夫さん |
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| 中学陸上のホープ財津さん |
前田画伯は上手になった |  |  |
| 搗き立ての餅はとにかくおいしい |
2回目の餅つきの日 |
また、土太郎崩落 12月27日の冬の豪雨で10月に引き続き土太郎の滝の脇の道路が大きく崩落した。
あるいは、土太郎の滝そのものが崩落するように思えてならない。同じ雨で梅ヶ瀬もだいぶ荒れた。秋に何回も丸木橋を修理したのだが根本的に台座を作らなければと思う。
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